【雑学】
ASIMOの開発中、HONDAはローマ教皇庁に見解を求め、公開を容認された。
【解説】
HONDAは早くから2足歩行ロボットの開発を始め、
- E0(1986年)
- E1~E3(1987~1991年)
- E4~E6(1991~1993年)
- P1~P3(1993~1997年)
と次々にロボットを公開していった。
このうち、1995年に完成した「P2」では、胴体部に制御コンピュータと電源を備えた自立を達成した。
しかしこれがあまりにも人間味がありすぎたため、人間が「人間を模した存在」を作ることが宗教的タブー視される西洋社会での公開が危ぶまれた。
そこでHONDAはバチカンのローマ教皇庁にP2公開についての意見を求めた。
司祭からの返答は
「P2が作られたことは、神がせしめたこと。それもまた神の行為の1つ」
であり、キリスト教社会の指導者からお墨付きを得たことでP2は世界に公開された。
2足歩行の技術はP2でほぼ完成していたが、人間との共生を考えて小型化し、2000年に発表されたのがASIMOである。
【ちなみに】
ASIMOは2022年に表舞台から引退したが、現代では日本を始め世界の様々な企業でヒューマノイドロボットの開発が進められている。
タブーに引っかからずに開発が進められるようになったのは、HONDAの大きな貢献かもしれない。
【参考文献】
「ASIMOまで駆け抜けたホンダのロボット開発」(2009年6月14日)『ITmedia エンタープライズ』
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